★2016年も書きました!


こんにちは、みなさん。   おもしろ!ふしぎ?実験隊です。というか、今日は、年に一度の、久保さんです。
久保さんは、年に1回位ですが、このブログに、戦争のことを書きます。
今までのは、右の
戦争・原発についてなど
の下の記事をご覧くださいね。
一番読んでほしいのは、下記です。
で、
2016年の8月も終わってしまいましたが...
6日には、オバマ大統領が広島を訪問されましたね。
広島平和宣言では、「共に生きる」という言葉が、心に残りました。
8月9日にたまたま、児童館で実験教室があったので、何か、お話ししてみようかな?
と思って、実験隊の最後に、お友だちに
「今日は何の日か知ってる?」と聞いたら
「?」って感じでした。
「71年前に、長崎で、原子爆弾が落とされたんだよ。
ずいぶん前の事のように思うかもしれないけど、まだ生きている久保さんのお母さんは、
その原爆を受けました。
ずいぶん前の気がしても、今生きている人もいるくらい、みんなの今とつながっている
んだよ。」というようなことをちょっとだけ話してみました。
でも、KUBOさん的には、うまく話せず、凹んだというか、まだまだ伝えることは
できないな~。と思っちゃいました。
いつも書いているのですが、自分の体験ではないので、うまく伝える力がない。
という事を再確認しました。
自分の体験に結び付けて話せたらいいのかな?
たとえば何があるだろう?なんてことをしばらく考えていました。
・・・
でも、それって、すり替えみたいな気がしないでもなかったです。
・・・
国会前に集まってデモを行っていた学生団体が、8月15日に解散し、その後、
沖縄で見かけたり・・・・もしかして彼らは、これといった訴えるものが一つ
あるというより、活動するという事がメインになっていたのかな?と思えてきました。
彼らの活動を否定する人もいるようですが、彼らも何かもがいているのかな?
久保さんと同じなのではな
いかな?なんて思いました。
・・・
夏が過ぎても何か書けるわけではなく・・・
すり替えではなく、自分でできることを残していけたらなとは思っていました。
・・・
で、いまは、
またまた変わらず、模索中ですが、どなたかが読んでくださって、おなじ思いだと
思ってくだされがばと、半端な記事ですが、アップしました。
今日この記事をアップしようと思ったのは、きっかけは、下記の記事にコメントを
いただいたからです。
戦争と原発についてなど の記事に、コメントいただいたのは初めてだったのですが、
読んでくださっている方もいらっしゃるとうれしく思いました。
広島平和宣言の 『多様な価値観を認め合いながら、「共に生きる」世界』は、
多くのことにつながるのだと思います。
共に生きるためには、共有し共感する姿勢が大切なのだと思います。年に一度ですが、
この小さいブログで、発信できたらなと思います。

平和記念式典写真 平和宣言を読む松井市長     

広島市は毎年8月6日に、原爆死没者への追悼とともに核兵器廃絶と世界恒久
平和の実現を願って平和記念式典を行い、広島市長が「平和宣言」を世界に向
けて発表しています。広島・長崎の悲惨な体験を再び世界の人々が経験するこ
とのないよう、核兵器をこの地球上からなくし、いつまでも続く平和な世界を確立
しようと、これからも平和宣言は訴え続けていきます。

 

平和宣言

 

1945年8月6日午前8時15分。澄みきった青空を切り裂き、かつて人類が経験し
たことのない「絶対悪」が広島に放たれ、一瞬のうちに街を焼き尽くしました。朝
鮮半島や、中国、東南アジアの人々、米軍の捕虜などを含め、子どもからお年寄
りまで罪もない人々を殺りくし、その年の暮れまでに14万もの尊い命を奪いました。

辛うじて生き延びた人々も、放射線の障害に苦しみ、就職や結婚の差別に遭(あ)
い、心身に負った深い傷は今なお消えることがありません。破壊し尽くされた広島
は美しく平和な街として生まれ変わりましたが、あの日、「絶対悪」に奪い去られた
川辺の景色や暮らし、歴史と共に育まれた伝統文化は、二度と戻ることはないの
です。

当時17歳の男性は「真っ黒の焼死体が道路を塞(ふさ)ぎ、異臭が鼻を衝(つ)き、
見渡す限り火の海の広島は生き地獄でした。」と語ります。当時18歳の女性は
「私は血だらけになり、周りには背中の皮膚が足まで垂れ下がった人や、水を求
めて泣き叫ぶ人がいました。」と振り返ります。

あれから71年、依然として世界には、あの惨禍をもたらした原子爆弾の威力をは
るかに上回り、地球そのものを破壊しかねない1万5千発を超える核兵器が存在し
ます。核戦争や核爆発に至りかねない数多くの事件や事故が明らかになり、テロ
リストによる使用も懸念されています。

私たちは、この現実を前にしたとき、生き地獄だと語った男性の「これからの世界
人類は、命を尊び平和で幸福な人生を送るため、皆で助け合っていきましょう。」
という呼び掛け、そして、血だらけになった女性の「与えられた命を全うするため、
次の世代の人々は、皆で核兵器はいらないと叫んでください。」との訴えを受け止
め、更なる行動を起こさなければなりません。そして、多様な価値観を認め合いな
がら、「共に生きる」世界を目指し努力を重ねなければなりません。

今年5月、原爆投下国の現職大統領として初めて広島を訪問したオバマ大統領
は、「私自身の国と同様、核を保有する国々は、恐怖の論理から逃れ、核兵器の
ない世界を追求する勇気を持たなければならない。」と訴えました。それは、被爆
者の「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という心からの叫びを受け止め
、今なお存在し続ける核兵器の廃絶に立ち向かう「情熱」を、米国をはじめ世界の
人々に示すものでした。そして、あの「絶対悪」を許さないというヒロシマの思いが
オバマ大統領に届いたことの証しでした。

今こそ、私たちは、非人道性の極みである「絶対悪」をこの世から消し去る道筋を
つけるためにヒロシマの思いを基に、「情熱」を持って「連帯」し、行動を起こすべ
きではないでしょうか。今年、G7の外相が初めて広島に集い、核兵器を持つ国、
持たない国という立場を超えて世界の為政者に広島・長崎訪問を呼び掛け、包
括的核実験禁止条約の早期発効や核不拡散条約に基づく核軍縮交渉義務を
果たすことを求める宣言を発表しました。これは、正に「連帯」に向けた一歩です。

為政者には、こうした「連帯」をより強固なものとし、信頼と対話による安全保障の
仕組みづくりに、「情熱」を持って臨んでもらわなければなりません。そのため、各
国の為政者に、改めて被爆地を訪問するよう要請します。その訪問は、オバマ大
統領が広島で示したように、必ずや、被爆の実相を心に刻み、被爆者の痛みや
悲しみを共有した上での決意表明につながるものと確信しています。

被爆者の平均年齢は80歳を超え、自らの体験を生の声で語る時間は少なくなっ
ています。未来に向けて被爆者の思いや言葉を伝え、広めていくには、若い世代
の皆さんの力も必要です。世界の7千を超える都市で構成する平和首長会議は、
世界の各地域では20を超えるリーダー都市が、また、世界規模では広島・長崎
が中心となって、若者の交流を促進します。そして、若い世代が核兵器廃絶に立
ち向かうための思いを共有し、具体的な行動を開始できるようにしていきます。

この広島の地で「核兵器のない世界を必ず実現する」との決意を表明した安倍首
相には、オバマ大統領と共にリーダーシップを発揮することを期待します。核兵器
のない世界は、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する世界でもあり、
その実現を確実なものとするためには核兵器禁止の法的枠組みが不可欠となりま
す。また、日本政府には、平均年齢が80歳を超えた被爆者をはじめ、放射線の影
響により心身に苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実す
るとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

私たちは、本日、思いを新たに、原爆犠牲者の御霊に心からの哀悼の誠を捧げ、
被爆地長崎と手を携え、世界の人々と共に、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に
向けて力を尽くすことを誓います。

 

平成28年(2016年)8月6日

               広島市長 松井 一實

コメントする

2016年10月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

アーカイブ